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DDD(ドメイン駆動設計)とは?中小企業でも活用できる基本の考え方
「DDD」という言葉を耳にして、このページにたどり着いたあなた。システム開発や業務改善について調べる中で、この専門用語に出会ったのではないでしょうか。
「DDDって何だろう?」「うちのような中小企業にも関係あるのか?」そんな疑問をお持ちかもしれません。
安心してください。DDDは決して大企業や技術者だけのものではありません。むしろ、Excel管理が限界に来ている、システムが現場の実態と合っていないといった課題を抱える中小企業にこそ、大きな価値をもたらす考え方なのです。
この記事では、DDD(ドメイン駆動設計)について、IT用語に詳しくない経営者の方でも理解できるよう解説していきます。読み終える頃には、「DDDとは何か」だけでなく、「自社の業務改善にどう活かせるか」まで、イメージできるようになるはずです。
DDD(ドメイン駆動設計)とは?基本を理解しよう
DDDという言葉を理解するために、まずは基本から押さえていきましょう。
DDDの正式名称と生まれた背景
DDD(ディーディーディー)は、「Domain-Driven Design(ドメイン駆動設計)」の略称です。2003年にエリック・エヴァンスという技術者が提唱し、世界中のソフトウェア開発に大きな影響を与えました。
この考え方が生まれた背景には、システム開発における深刻な問題がありました。それは、エンジニアが作ったシステムと、現場が本当に必要としている機能との間に、大きなズレが生じてしまうという問題です。
「システムを導入したのに、かえって業務が複雑になった」
「現場の声を聞いて作ったはずなのに、使いにくいと言われる」
こうした課題を解決するために、DDDという設計手法が生まれました。技術的な都合ではなく、ビジネスの本質を中心に据えてシステムを設計する——これがDDDの根本的な考え方です。
「ドメイン」とは何か?身近な例で考える
DDDを理解する上で最も重要なのが、「ドメイン」という概念です。ドメインとは、簡単に言えば「業務領域」や「ビジネスの専門分野」のことを指します。
例えば、あなたの会社が製造業であれば、「受注管理」「生産管理」「在庫管理」といった領域がドメインです。飲食店であれば、「予約管理」「顧客管理」「仕入れ管理」などがドメインになります。
製造業の「受注管理」というドメインには、こんな業務知識が含まれています:
- 新規顧客と既存顧客で見積もりの出し方が違う
- ロット数によって単価が変動する
- 特注品は別途、技術部門の承認が必要
美容室の「予約管理」というドメインなら:
- 指名予約と空き予約では対応が異なる
- メニューの組み合わせによって所要時間が変わる
- リピーター向けの優遇制度がある
このように、**それぞれの業界・企業には独自の業務ルールや専門知識があります。これが「ドメイン知識」**です。DDDでは、このドメイン知識をシステムの設計に正しく反映させることを最も重視します。
DDDが目指すゴール
DDDが目指すのは、ビジネスの専門家(現場の人)とエンジニアが共通の言葉で対話し、業務の本質をシステムに正しく落とし込むことです。その結果として:
- 現場が使いやすいシステムになる
- 業務の変化に柔軟に対応できる設計になる
- システムのメンテナンスがしやすくなる
- 属人化を防ぎ、業務の標準化が進む
つまり、DDDは単なる技術手法ではなく、「ビジネスとITの橋渡し」をするための考え方なのです。
DDDの核となる3つの考え方
DDDの本質は、技術的な設計手法というよりも、「ビジネスの現場とエンジニアが、どう協力してシステムを作るか」という姿勢にあります。
1. ドメインエキスパートとの対話
DDDにおいて最も重要なのは、「ドメインエキスパート」との対話です。
ドメインエキスパートとは、業務の専門家、つまり現場で実際に仕事をしている人たちのことです。営業担当者、経理担当者、店長、工場長——業務を熟知している人すべてが、ドメインエキスパートです。
従来のシステム開発では、経営者や管理職がざっくりとした要望を伝え、エンジニアが技術的に実現可能な仕様を作る流れが一般的でした。その結果、現場の声はほとんど反映されず、完成したシステムが「使いにくい」と言われることが多かったのです。
DDDでは、この流れを根本から変えます。現場の専門家が設計の中心に位置づけられ、エンジニアは彼らの知識を引き出し、システムに落とし込む役割を担います。
2. ユビキタス言語で共通認識を作る
DDDにおける重要な概念の一つが、**「ユビキタス言語(Ubiquitous Language)」です。これは「現場でもエンジニアでも、誰もが同じ意味で使う共通言語」**を指します。
例えば、「顧客」という言葉を考えてみましょう。
- 営業部門では「見込み客も含めて顧客と呼ぶ」
- 経理部門では「実際に取引がある企業だけを顧客と呼ぶ」
- システム上では「会員登録した人を顧客と呼ぶ」
このように、同じ言葉でも部署や立場によって意味が異なることはよくあります。この曖昧さが、システム開発における誤解や手戻りの原因になります。
ユビキタス言語では、こうした用語を明確に定義します:
- 「見込み顧客」:商談中だが、まだ契約に至っていない企業
- 「取引顧客」:実際に契約があり、取引が発生している企業
- 「休眠顧客」:過去に取引があったが、現在は取引がない企業
こうして定義された言葉は、会議でも、設計書でも、プログラムのコードでも、同じ意味で使われます。これにより、現場とエンジニアの認識のズレがなくなり、新しいメンバーも業務を理解しやすくなります。
3. ドメインモデルで業務を可視化する
ドメインモデルとは、業務のルールや関係性を、図や構造で表現したものです。言わば、**「業務の設計図」**と考えてください。
例えば、ECサイトの「注文」という業務をドメインモデルで表現すると:
【注文】
- 注文番号
- 注文日
- 顧客
- 配送先
- 注文明細(複数)
- 合計金額
- 注文状態(受付中/発送準備中/発送済み)
【ビジネスルール】
- 注文は必ず1人の顧客に紐づく
- 注文明細は1つ以上必要
- 合計金額は、すべての注文明細の小計を合算する
- 発送済みになったら、注文内容は変更できない
このように、業務で扱う「もの」や「情報」、そして「ルール」を整理したものがドメインモデルです。
ドメインモデルを作ることで、業務の全体像が見える化され、曖昧だったルールが明確になり、現場とエンジニアが同じ認識を持てるようになります。
DDDで使われる主要な用語
ここからは、DDDでよく使われる専門用語を解説していきます。用語を暗記する必要はありません。大切なのは、「考え方の本質」を理解することです。
エンティティ:変化する「もの」を管理する
**エンティティ(Entity)とは、「識別が必要で、時間とともに変化するもの」**を指します。
「顧客」はエンティティです:
- 山田商事という会社は、住所が変わっても山田商事のまま
- 担当者が変わっても、同じ顧客として管理する
- 取引履歴が増えても、同じ顧客IDで識別できる
エンティティの特徴は、**「同一性(アイデンティティ)」**があることです。内容が変わっても、「これは同じものだ」と識別できる——これがエンティティの本質です。
値オブジェクト:変わらない「情報」を扱う
**値オブジェクト(Value Object)は、エンティティとは対照的に、「識別が不要で、値そのものが意味を持つもの」**です。
「住所」は値オブジェクトです:
- 「東京都千葉市花見川区幕張本郷3-31-8」という住所は、それ自体が意味を持つ
- 同じ住所なら、どの顧客のものでも「同じ」と判断できる
- 住所が変わったら、それは「別の住所」になる
値オブジェクトの特徴は、**「不変性」と「交換可能性」**です。一度作ったら変更せず、同じ値なら、どれを使っても同じという性質を持ちます。
集約:データのまとまりを守るルール
**集約(Aggregate)は、「一貫性を保つべきデータのまとまり」**と考えてください。
例えば、「注文」という業務を考えてみましょう:
【注文】という集約
├─ 注文情報(注文番号、注文日、顧客など)
├─ 配送先情報
└─ 注文明細(複数)
この「注文」全体を一つの集約として扱います。なぜなら:
- 注文明細だけを単独で変更してはいけない
- 合計金額は、すべての明細から計算される
- 注文が「発送済み」になったら、明細は変更できない
集約を適切に設計することで、複雑な業務ルールを整理し、データの不整合を防げます。
DDDを導入するメリット
実際にDDDを取り入れると、どんなメリットがあるのでしょうか?特に中小企業にとって、どんな場面で有効なのかを見ていきましょう。
業務の属人化を防げる
多くの中小企業が抱える課題の一つが、**「業務の属人化」**です。
「この業務は田中さんしか分からない」「山田さんが休むと、処理が止まってしまう」——こうした状況は、業務知識が個人の頭の中にしかなく、組織として共有・管理できていないことが原因です。
DDDのアプローチを使うと、こうした暗黙知を形式知に変換できます:
- ドメインエキスパートにヒアリングして、業務の流れやルールを明確にする
- ユビキタス言語で用語を統一し、誰もが同じ理解を持てるようにする
- ドメインモデルで業務を可視化し、全体像を把握できるようにする
この過程で、「なんとなく」で処理していた業務が明文化され、標準化されるのです。結果として、新人教育がスムーズになり、業務の引き継ぎが容易になります。
システムと現場のギャップが減る
「せっかくシステムを導入したのに、現場が使ってくれない」——これは、多くの経営者が経験する悩みです。
この問題の根本原因は、システムが現場の業務実態と合っていないことにあります。DDDでは、現場の業務を起点にシステムを設計するため、こうしたギャップが生じにくくなります。
- ユビキタス言語により、画面の項目名や用語が現場に馴染む
- ドメインモデルにより、業務の流れに沿った設計になる
- ドメインエキスパートとの対話により、現場のニーズが正確に反映される
結果として、操作が直感的で覚えやすく、現場の抵抗感が少ない、「使われるシステム」を実現できます。
変化に強い仕組みが作れる
ビジネス環境は常に変化します。新しいサービスを始めたり、法改正に対応したり、顧客ニーズに合わせて業務フローを変えたり——こうした変化に、システムが追いつけないことはよくあります。
DDDで設計されたシステムは、変化に強い構造を持っています:
- 業務のまとまり(集約)が明確なので、影響範囲が限定される
- 業務ロジックが整理されているので、どこを変更すればいいか分かりやすい
- ドメインモデルが設計図として機能するので、改修の方針が立てやすい
例えば、消費税率が変わっても計算ロジックの部分だけを修正すればよく、新しい商品カテゴリを追加しても既存の処理に影響しません。
DDDの進め方:4つのステップ
では実際に、どうやって進めればいいのでしょうか。中小企業が現実的に取り組めるステップを解説します。
ステップ1:ドメインエキスパートへのヒアリング
DDDの第一歩は、現場の専門家(ドメインエキスパート)に話を聞くことです。
ヒアリングで明らかにすべきこと:
- どんな業務を、どんな流れで行っているか
- 業務の中で重要な判断基準やルールは何か
- よく使う用語や、その意味
- 困っていること、時間がかかっていること
ここで大切なのは、「システムありき」で考えないことです。「本来あるべき業務の姿は何か」を理解することが目的です。
ステップ2:ユビキタス言語の策定
ヒアリングを通じて、業務で使われている用語を整理し、統一していきます。
進め方:
- よく使う用語をリストアップする
- それぞれの定義を明確にする
- 類似する用語を統一する
- 用語集(glossary)として文書化する
この用語集は、システム開発時の設計書や画面の項目名にもそのまま使われます。
ステップ3:ドメインモデルの作成
ヒアリングと用語の整理ができたら、次は業務の全体像を図式化します。
ドメインモデルには、エンティティ、値オブジェクト、関係性、業務ルールが含まれます。この図を作る過程で、業務の「まとまり」が見えてきます。
例えば、「顧客管理」と「注文管理」は別々のまとまりとして分けた方がいい、「在庫管理」は独立させて他のシステムと連携する形にしよう、といった判断ができるようになります。
ステップ4:システムへの実装と継続的な改善
ドメインモデルができたら、いよいよシステムとして実装していきます。
実装フェーズのポイント:
- 小さく始める:すべてを一度に作らず、優先度の高い機能から着手
- 早めに触ってもらう:完成を待たず、動くものを現場に見せて反応を得る
- フィードバックを反映:使ってみて分かる改善点を、随時取り込む
DDDの真価は**「継続的な改善」にあります。業務が変われば、ドメインモデルも見直し、新しいルールができたら、システムに反映する——この「業務とシステムを一緒に育てる」姿勢**こそが、DDDの本質です。
中小企業がDDDを活用する際の注意点
DDDは強力な手法ですが、過度に適用すると、かえって複雑になりすぎることもあります。中小企業が現実的にDDDを活用するための注意点を整理しましょう。
DDDはすべての業務に必要なわけではない
DDDが威力を発揮するのは、**「業務が複雑で、変化が多い領域」**です。
DDDが向いている業務:
- 業務ルールが多く、判断基準が複雑
- 部門をまたいで連携が必要
- 頻繁に仕様変更が発生する
DDDが不要な業務:
- 単純な情報の登録・参照だけ
- ルールがほとんどなく、データを保存するだけ
- すでにパッケージソフトで十分対応できている
シンプルな業務には、シンプルなツールで十分です。大切なのは、「どこに力を入れるべきか」を見極めること。自社の業務の中で、本当に複雑で重要な部分だけに、DDDのアプローチを適用しましょう。
大規模開発の手法を無理に当てはめない
DDDは、もともと大規模なシステム開発のために生まれた手法です。中小企業のシステム開発では、「DDDの思想」を取り入れつつ、実装はシンプルにという姿勢が現実的です。
例えば:
- ユビキタス言語は策定するが、用語集は簡易的なExcelで十分
- ドメインモデルは図で整理するが、厳密なUML記法にはこだわらない
- エンティティや値オブジェクトの概念は意識するが、実装は柔軟に
「DDDの教科書通り」にやることが目的ではなく、「自社の業務を整理し、使いやすいシステムを作ること」が目的です。
「考え方」を取り入れるだけでも価値がある
DDDは、システム開発をしなくても、業務改善に活かせます。
例えば:
- ユビキタス言語の策定だけでも、部門間のコミュニケーションが改善される
- ドメインモデルを描くだけでも、業務の全体像が可視化され、課題が見えてくる
- ドメインエキスパートへのヒアリングだけでも、属人化していた知識が形式知になる
「いきなりシステムを作る」のではなく、「まず業務を整理する」——この順序を守ることで、失敗のリスクを大きく減らせます。
まとめ:DDDは「ビジネスを理解する姿勢」そのもの
DDDは、単なるシステム開発の技術ではありません。その本質は、「ビジネスを深く理解し、その価値を正確にシステムに反映する」という姿勢にあります。
多くのシステム開発プロジェクトが失敗する理由は、技術力の不足ではなく、「業務の本質を捉えきれていないこと」にあります。DDDは、「まず業務を理解する」ことから始める——この当たり前のようで、実は見落とされがちな原則を、体系的な手法として提供しています。
中小企業には、限られたリソースの中で最大の効果を出す必要があります。だからこそ、「自社にちょうどいい仕組み」を作ることが重要なのです。DDDは、中小企業が自社らしい、身の丈に合ったシステムを作るための指針として活用できます。
最初の一歩は「現場の声を聴く」ことから
「DDDを始めたいけど、何から手をつければいいか分からない」——そんな方は、まず、現場の声を聴くことから始めましょう。
日々の業務で困っていることは何か、どんな作業に時間がかかっているか——こうした現場の生の声の中に、業務改善やシステム化のヒントがあります。
「完璧な計画」は必要ありません。「現場を知ろうとする姿勢」があれば、それで十分です。
もし、「どう進めればいいか分からない」「専門家の意見を聞きたい」と感じたら、気軽に相談できるパートナーを見つけることをお勧めします。
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