起業して従業員を雇う際、労働法の知識は避けて通れません。「知らなかった」では済まされず、違反すれば罰則だけでなく、採用した人材との信頼関係が壊れ、事業そのものに悪影響を及ぼします。
本記事では、起業家・経営者が最低限知っておくべき労働法の基礎知識を、実務で使えるレベルで体系的に解説します。雇用契約書の作成方法、労働時間の管理ルール、最低賃金、社会保険の加入義務まで、初めて人を雇う経営者が押さえるべきポイントを網羅しています。
雇用契約書(労働条件通知書)の作成ルール
従業員を雇用する際、労働条件を書面で明示することが労働基準法第15条で義務付けられています。口頭での合意だけでは法的要件を満たしません。2019年4月からは、労働者が希望すればメールやSNSでの通知も可能になりましたが、書面で交付するのが最も確実です。
必ず明示しなければならない事項(絶対的明示事項)
以下の項目は、雇用契約の締結時に必ず書面で明示する必要があります。
- 契約期間:期間の定めがあるか、ないか。有期の場合は更新の基準
- 就業場所と従事すべき業務:勤務地とメインの業務内容
- 労働時間に関する事項:始業・終業時刻、休憩時間、休日、休暇、交替制の場合はその詳細
- 賃金に関する事項:賃金の決定方法、計算方法、支払方法、締切日と支払日、昇給に関する事項
- 退職に関する事項:退職の手続き、解雇の事由
雇用契約書作成の実務ポイント
テンプレートをそのまま使い回すのではなく、自社の実態に合わせてカスタマイズすることが重要です。特に以下の点に注意しましょう。
- 試用期間の明記:試用期間を設ける場合は、その期間と条件を明記します。試用期間中でも労働基準法は適用されるため、14日を超えて使用した場合は解雇予告が必要です。
- 業務内容の記載範囲:スタートアップでは業務内容が変わりやすいため、「その他、会社が指定する業務」という包括的な条項を入れておくと運用しやすくなります。
- 秘密保持条項:雇用契約とは別に秘密保持契約(NDA)を締結するか、契約書内に秘密保持条項を盛り込みましょう。
労働時間のルールと管理方法
労働時間に関するルールは、労働基準法の中でも特に重要な領域です。違反すると罰則の対象になるだけでなく、未払い残業代の請求リスクも抱えることになります。
法定労働時間と所定労働時間
法定労働時間は、労働基準法で定められた上限で、1日8時間・週40時間です。これを超えて労働させる場合は、36協定の締結と届出が必要であり、割増賃金の支払い義務が発生します。
所定労働時間は、会社が就業規則や雇用契約で定めた労働時間です。法定労働時間以内であれば自由に設定できます。たとえば、1日7時間・週35時間と定めることも可能です。
36協定(時間外労働・休日労働に関する協定)
法定労働時間を超えて従業員を働かせる場合、労使間で36協定を締結し、所轄の労働基準監督署に届け出る必要があります。36協定を結ばずに残業をさせると、労働基準法違反(6か月以下の懲役または30万円以下の罰金)になります。
36協定で定める時間外労働の上限は以下の通りです。
- 原則:月45時間・年360時間
- 特別条項:臨時的な特別の事情がある場合に限り、年720時間・単月100時間未満(休日労働含む)・2~6か月平均80時間以内(休日労働含む)
割増賃金の計算方法
時間外労働には割増賃金の支払いが必要です。割増率は以下の通りです。
- 時間外労働(法定労働時間超):25%以上
- 深夜労働(22時~5時):25%以上
- 休日労働(法定休日):35%以上
- 月60時間超の時間外労働:50%以上(中小企業も2023年4月から適用)
たとえば、時間単価が2,000円の従業員が深夜に時間外労働をした場合、2,000円×1.5(時間外25%+深夜25%)=3,000円の賃金が発生します。
スタートアップ向け:柔軟な労働時間制度
固定的な9時~18時の勤務体制が合わないスタートアップでは、以下の制度の活用を検討しましょう。
- フレックスタイム制:コアタイム(必ず勤務する時間帯)を設定し、それ以外は従業員が始業・終業時刻を自由に決められる制度。労使協定の締結が必要です。
- 事業場外みなし労働時間制:外回り営業など、労働時間の算定が困難な場合に、所定労働時間働いたものとみなす制度。
- 裁量労働制:業務の遂行方法を労働者の裁量に委ねる制度。専門業務型と企画業務型があり、導入には厳格な要件があります。
最低賃金と賃金支払いのルール
賃金に関するルールは、従業員の生活に直結するため、特に厳格に遵守する必要があります。
最低賃金の仕組み
最低賃金法により、都道府県ごとに時間あたりの最低賃金が定められています。2025年度の全国加重平均は1,055円で、東京都は1,163円です。最低賃金は毎年10月頃に改定されるため、定期的に確認が必要です。
最低賃金の計算にあたっては、以下の手当は除外されます。
- 精皆勤手当、通勤手当、家族手当
- 時間外・休日・深夜労働の割増賃金
- 臨時に支払われる賃金(賞与など)
月給制の場合、月給÷月の所定労働時間で時間あたり賃金を算出し、最低賃金を下回っていないか確認しましょう。
賃金支払いの5原則
労働基準法第24条では、賃金の支払いについて5つの原則が定められています。
- 通貨払いの原則:日本円の通貨で支払う(銀行振込は労働者の同意があれば可)
- 直接払いの原則:労働者本人に直接支払う
- 全額払いの原則:賃金は全額支払う(法令に基づく控除、労使協定に基づく控除は可)
- 毎月1回以上の原則:毎月少なくとも1回は支払う
- 一定期日払いの原則:毎月決まった日に支払う
休日・休暇に関するルール
従業員の休日と休暇についても、法律で明確に規定されています。
法定休日と所定休日
法定休日は、労働基準法で定められた最低限の休日で、毎週少なくとも1日、または4週を通じて4日以上の休日を与える義務があります。
多くの企業では、法定休日に加えて所定休日(会社が任意に定める休日)を設けて、週休2日制としています。なお、法定休日に労働させた場合は35%の割増賃金が必要ですが、所定休日の労働は法定労働時間を超えた分のみ25%の割増が必要です。
年次有給休暇
雇入れの日から6か月間継続勤務し、全労働日の8割以上出勤した従業員には、10日の有給休暇を付与する義務があります。その後は1年ごとに付与日数が増え、6年6か月以上で20日が上限となります。
2019年4月からは、年10日以上の有給休暇が付与される従業員には、年5日以上の有給休暇を取得させる義務が使用者に課されています。この義務に違反すると、従業員1人につき30万円以下の罰金が科されます。
社会保険・労働保険の加入義務
法人を設立した場合、従業員数に関わらず社会保険(健康保険・厚生年金)への加入義務があります。個人事業主の場合は、従業員5人以上で加入義務が発生します。
社会保険(健康保険・厚生年金)
法人の場合、代表者1名のみの会社でも社会保険への加入は義務です。保険料は会社と従業員で折半し、会社負担分は給与の約15%程度になります。
加入手続きは以下の通りです。
- 会社設立時:年金事務所に「健康保険・厚生年金保険 新規適用届」を提出
- 従業員の入社時:入社日から5日以内に「被保険者資格取得届」を提出
- 扶養家族がいる場合:「被扶養者(異動)届」を提出
労働保険(雇用保険・労災保険)
労災保険は、1人でも従業員を雇用したら加入が義務です。保険料は全額事業主負担で、業種によって料率が異なります(0.25%~8.8%)。
雇用保険は、週20時間以上勤務し、31日以上の雇用見込みがある従業員が対象です。保険料は事業主と従業員の双方が負担します。
手続きは以下の通りです。
- 労働基準監督署に「労働保険関係成立届」と「概算保険料申告書」を提出
- ハローワークに「雇用保険適用事業所設置届」と「雇用保険被保険者資格取得届」を提出
解雇・退職に関するルール
日本の労働法は労働者保護の観点から、解雇に対して厳しい規制を設けています。起業家が最も誤解しやすい領域の一つです。
解雇の制限
客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない解雇は無効です(労働契約法第16条)。つまり、「気に入らないから辞めてもらう」「業績が少し悪いから解雇する」といった理由では解雇できません。
解雇が認められるケースとしては以下があります。
- 重大な業務命令違反や服務規律違反
- 著しい能力不足(十分な指導・改善機会を与えた上で)
- 整理解雇(経営上の必要性が高く、4要件を満たす場合)
解雇予告の義務
解雇する場合は、少なくとも30日前に予告するか、30日分以上の平均賃金(解雇予告手当)を支払う必要があります。たとえば、15日前に予告した場合は、残り15日分の平均賃金を支払えば解雇が可能です。
退職時の手続き
従業員が退職する際には、以下の手続きが必要です。
- 社会保険の資格喪失届(退職日の翌日から5日以内)
- 雇用保険の資格喪失届と離職証明書(退職日の翌日から10日以内)
- 源泉徴収票の交付
- 退職証明書の交付(労働者から請求があった場合)
まとめ:労働法の基礎を押さえて安心して人を雇う
労働法は複雑に見えますが、基礎的なルールを理解しておけば、大きなトラブルは防げます。本記事の要点をまとめます。
- 雇用契約書は法律上の義務。絶対的明示事項を漏れなく記載する
- 労働時間は1日8時間・週40時間が上限。超える場合は36協定が必須
- 最低賃金は都道府県ごとに定められ、毎年改定される
- 社会保険は法人なら従業員数に関わらず加入義務あり
- 解雇は厳しく制限されている。合理的理由と30日前の予告が必要
不安がある場合は、社会保険労務士に相談することをおすすめします。月額数万円の顧問料で、労務トラブルのリスクを大幅に軽減できます。正しい知識を持って、安心して事業の成長に集中しましょう。
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