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オンプレミス回帰とは?基本を理解する
「クラウドに移行したものの、思ったよりコストがかさんでいる」「SaaSを導入したが、自社の業務に合わない」——そんな悩みを抱えている経営者の方は少なくありません。
近年、一度はクラウドへ移行した企業が、再びオンプレミス環境へ戻る「オンプレミス回帰」や「脱クラウド」と呼ばれる動きが注目されています。これは単なる時代の逆行ではなく、企業が自社にとって最適なインフラを冷静に見直した結果です。
オンプレミス回帰とは、クラウドサービスを利用していた企業が、自社で管理するサーバーやシステムへ戻すことを指します。2010年代、多くの企業が「クラウドファースト」の掛け声のもと、AWS、Azure、Google Cloudなどへ積極的に移行しました。初期投資が不要で、スケーラビリティに優れ、どこからでもアクセスできる——こうしたメリットが強調され、クラウド移行は「正解」とされてきました。
しかし実際に運用してみると、想定外のコスト増加や、自社の業務に合わない制約に直面する企業が現れました。その結果、企業が自社の状況を冷静に分析し、最適なインフラを選ぶ成熟期に入ったと捉えるべきでしょう。
クラウドとオンプレミスの基本的な違い
オンプレミス回帰を理解するには、両者の違いを整理する必要があります。
オンプレミスは、自社でサーバーやネットワーク機器を購入・設置し、自社内で管理・運用する形態です。初期投資は高額ですが、カスタマイズ性が高く、すべて自社で管理できます。
クラウドは、インターネット経由でベンダーが提供するサーバーやストレージを利用する形態です。初期投資は少なく従量課金が基本ですが、ベンダーの提供範囲内に限定され、使った分だけコストが発生します。
どちらにも一長一短があり、企業の規模、業種、データ特性、予算、IT人材の有無によって最適な選択は変わります。
なぜ今オンプレミス回帰が注目されるのか
この動きが注目される背景には、いくつかの要因があります。
まず、クラウドコストの透明性が高まったことです。移行当初は「コスト削減」が期待されていましたが、実際に数年運用してみると、データ転送量の増加や予期しないスパイク時の料金など、想定外のコストが明らかになりました。
次に、AI活用の本格化とデータ主権の意識です。生成AIや機械学習の活用が進む中、大量のデータを扱う企業が増えています。自社データを自社でコントロールする権利への関心が高まっています。
また、セキュリティインシデントの増加により、「クラウドは安全」という神話が揺らいでいます。自社でコントロールできる安心感を求める企業が増えています。
さらに、技術の成熟です。仮想化技術やコンテナ技術の進化により、オンプレミスでもクラウドのような柔軟性を実現しやすくなりました。「すべてクラウド」「すべてオンプレミス」ではなく、両方を組み合わせるハイブリッド構成が現実的な選択肢として認識されるようになりました。
オンプレミス回帰が起きる5つの理由
実際にオンプレミス回帰を選択した企業には、どのような理由があるのでしょうか。中小企業が直面しやすい5つの主な理由を解説します。
理由①:想定以上のコスト増加
オンプレミス回帰の最も大きな理由が、予想を超えるクラウドコストの増加です。
クラウドは「初期投資不要」「使った分だけ支払い」という点が魅力ですが、これは裏を返せば「使えば使うほど費用がかさむ」ということでもあります。
よくある誤算のパターンとして、以下が挙げられます。
- データ転送量の見積もりミス
- 削除せずに蓄積したデータのストレージ料金
- 使わなくなったテスト環境の放置
- 技術サポートやSLA保証のための追加プラン
月額10万円で始めたクラウドサービスが、3年後には月額50万円に膨れ上がるケースは珍しくありません。これが5年、10年と続くと、長期的にはオンプレミスの初期投資を上回る可能性があります。
理由②:セキュリティとデータ管理の懸念
クラウドサービスは高度なセキュリティ対策が施されていますが、企業によっては不安を感じるケースがあります。
具体的な懸念として、以下が挙げられます。
- データの保管場所が不明確で海外のデータセンターに保存される可能性
- マルチテナント型での他社とのリソース共有
- 大規模ベンダーでも発生するセキュリティインシデント
- アクセスログの可視性の低さ
特に、医療、金融、製造業など、機密性の高い情報を扱う業種では、「自社でデータを管理したい」というニーズが根強くあります。
理由③:カスタマイズ性の限界
クラウドサービス、特にSaaSは、標準化されたサービスを多くの企業に提供するビジネスモデルです。そのため、自社の業務フローに合わせたカスタマイズには限界があります。
中小企業で起こりがちな問題として、以下が挙げられます。
- 長年培ってきた独自のやり方をSaaSの仕様に合わせて変更せざるを得ない
- 既存の基幹システムや専用機器との連携ができず二重入力が発生する
- 基本プランでは足りず追加費用が発生する
- 使わない機能のために複雑な操作を強いられる
オンプレミスや自社開発のシステムであれば、自社の業務に必要な機能だけを実装でき、無駄のない「ちょうどいい」システムを構築できます。
理由④:パフォーマンスや通信速度の問題
クラウドサービスは、インターネット経由でアクセスするため、通信速度やレスポンスタイムがネックになる場合があります。
パフォーマンス問題が顕在化するケースとして、以下が挙げられます。
- 動画編集やCADデータ、医療画像など大容量ファイルの頻繁なアップロード・ダウンロード
- 製造現場の制御システムや金融取引などリアルタイム性が求められる業務
- 地方や通信環境が十分でない場所での利用
- 複数の拠点から同時アクセスする際のレスポンス低下
オンプレミスであれば、社内LANの高速通信を活かして、ストレスなくデータにアクセスできます。
理由⑤:ベンダーロックインへの不安
ベンダーロックインとは、特定のクラウドベンダーのサービスに依存してしまい、他社への乗り換えが困難になる状態を指します。
ロックインによるリスクとして、以下が挙げられます。
- ベンダーが値上げしても移行コストが高く受け入れざるを得ない
- サービス終了時に急いで移行先を探す必要がある
- 独自のデータ形式やAPIに依存していてデータの取り出しが困難
- 機能追加・削除や利用規約の変更に振り回される
中小企業にとって、自社のビジネスの根幹を他社に依存することは、大きなリスクです。オンプレミスであれば、自社でコントロールでき、長期的な安定性を確保できます。
オンプレミス回帰のメリットとデメリット
オンプレミス回帰で得られるメリット
長期的なコスト最適化が可能です。初期投資は大きいものの、5年、10年という長期スパンで見ると、オンプレミスの方がトータルコストが低くなるケースがあります。特に、利用量が安定している業務では、従量課金よりも固定費の方が予算管理しやすくなります。
セキュリティとデータ管理の自由度が高まります。自社内でデータを管理するため、どこに何があるかを完全に把握できます。アクセス制御も細かく設定でき、監査対応もスムーズです。
自社に最適化したカスタマイズが実現します。ハードウェアの選定から、ソフトウェアの構成、ネットワーク設計まで、自社の業務に合わせて自由に設計できます。
パフォーマンスの安定性が確保できます。社内LANを活用することで、高速かつ安定したアクセスが可能です。インターネット回線の影響を受けにくく、レスポンスタイムを予測しやすくなります。
ベンダーからの独立性が得られます。特定のクラウドベンダーに依存せず、自社でコントロールできる範囲が広がります。
オンプレミス回帰のデメリットと注意点
一方で、オンプレミス回帰には無視できないデメリットもあります。
高額な初期投資が必要です。サーバー機器、ネットワーク機器、ソフトウェアライセンス、設置工事など、数百万円から数千万円の初期投資が必要です。
運用・保守の負担が発生します。障害対応、セキュリティパッチ適用、バックアップ、ハードウェアの更新など、継続的な運用作業が必要です。
IT人材の確保が困難です。中小企業の多くは、ITに詳しい人材がいないという課題を抱えています。オンプレミス環境を適切に管理するには、専門知識を持った人材が必要です。
スケーラビリティの制約があります。急激なアクセス増加や、データ量の急増に対応するには、ハードウェアの追加購入・設置が必要です。
災害リスクへの対策が必要です。自社内にサーバーを設置する場合、火災、地震、水害などの災害リスクを考慮する必要があります。
どんな企業に向いている?向いていない?
オンプレミス回帰が向いている企業は、以下の特徴があります。
- 利用量が安定している
- 機密性の高いデータを扱う
- 独自の業務フローがある
- 大容量データを頻繁に扱う
- IT人材がいるまたは確保できる
オンプレミス回帰が向いていない企業は、以下の特徴があります。
- 利用量の変動が大きい
- 初期投資の余裕がない
- IT人材がいない
- リモートワークが中心
- スピード重視
重要なのは、「どちらが正解」ではなく、自社の状況に合った選択をすることです。
中小企業が判断する際の4つのポイント
ポイント①:自社の業務とデータの特性を整理する
まず、自社がどのようなデータを、どのように扱っているかを明確にしましょう。
確認すべき項目は以下の通りです。
- データの機密性(個人情報、機密情報を扱うか)
- データ量(日々どれくらい発生するか)
- データの種類(テキスト、画像、動画、CADデータなど)
- アクセス頻度(社内からのみか、社外からも頻繁にアクセスするか)
- 業務の特性(独自の業務フローがあるか、標準的なプロセスか)
例えば、「顧客情報をExcelで管理していて、社内でしかアクセスしない」という企業と、「全国の営業担当が外出先から顧客情報にアクセスする」という企業では、最適なインフラが異なります。
ポイント②:コストは長期で考える
インフラの選択では、初期コストだけでなく、3年、5年、10年のトータルコストを試算することが重要です。
試算に含めるべき項目は以下の通りです。
- 初期投資(ハードウェア、ソフトウェア、設置工事)
- 月額費用(クラウドの利用料、オンプレミスの電気代・通信費)
- 保守費用(サポート契約、ハードウェア保守)
- 人件費(運用担当者の人件費、または外部委託費用)
- 更新費用(3〜5年ごとのハードウェア・ソフトウェア更新)
クラウドは「月額○万円」と見えやすいですが、オンプレミスは「初期○百万円」と見えにくいため、年間コストに換算して比較すると判断しやすくなります。
ポイント③:運用体制と社内のIT人材を確認する
どんなに優れたシステムも、適切に運用できなければ意味がありません。
確認すべき項目は以下の通りです。
- 社内にIT担当者はいるか
- 外部委託は可能か
- トラブル時の対応体制(夜間や休日に障害が発生した場合、誰が対応するか)
- 属人化のリスク(特定の担当者に依存していないか、引き継ぎは可能か)
「IT人材がいないから、クラウド一択」と決めつける必要はありません。オンプレミスでも、運用を外部委託する、マネージドサービスを利用するといった選択肢があります。
ポイント④:ハイブリッド構成という選択肢も検討する
「クラウドかオンプレミスか」という二者択一ではなく、両方を組み合わせるハイブリッド構成も有力な選択肢です。
例えば、以下のような組み合わせが可能です。
- 基幹システムはオンプレミス、バックアップはクラウド
- 機密データはオンプレミス、一般データはクラウド
- 開発環境はクラウド、本番環境はオンプレミス
- ピーク時だけクラウドを併用
ハイブリッド構成は、それぞれの長所を活かし、短所を補い合うことができます。ただし、管理が複雑になるため、設計時に運用を考慮することが重要です。
オンプレミス回帰を成功させる3つのステップ
ステップ①:段階的な移行計画を立てる
オンプレミス回帰を成功させる最大のコツは、**「段階的に進める」**ことです。
まず、現在クラウドで運用しているシステムやデータを洗い出し、「何を、いつ、どの順番で移行するか」を整理します。移行対象の洗い出し、依存関係の確認、優先順位の設定(コスト削減効果が高い、機密性が高い、移行リスクが低いものから)を行います。
次に、影響範囲が小さいシステムから試験的に移行します。パイロットプロジェクトの実施、課題の洗い出し、ノウハウの蓄積を行います。
その後、パイロットプロジェクトで得た知見をもとに、優先順位に従って順次移行を進めます。
最後に、運用を定着させ、継続的に改善していきます。
移行期間の目安は、小規模(従業員10名程度)で3〜6ヶ月、中規模(従業員50名程度)で6ヶ月〜1年です。焦らず、自社のペースで着実に進めることが成功の鍵です。
ステップ②:社内体制の整備と外部パートナーの活用
「IT人材がいないから、オンプレミス回帰は無理」と諦める必要はありません。重要なのは、社内でできることと、外部に任せることを明確に分けることです。
最低限必要な役割として、システム責任者(経営層とIT担当をつなぐ窓口、予算管理)、運用担当者(日常的な監視、簡単なトラブル対応)、セキュリティ責任者(セキュリティポリシーの策定、アクセス権限の管理)があります。これらは専任のIT部門がなくても、総務や管理部門の担当者が兼任する形で対応可能です。
外部パートナーには、初期構築、移行作業、運用代行、トラブル対応、定期メンテナンスを任せることができます。
外部パートナーを選ぶポイントは、中小企業の支援実績、伴走姿勢、柔軟な対応、説明のわかりやすさ、レスポンスの速さです。
大切なのは、「丸投げ」ではなく「一緒に考える」パートナーを見つけることです。
ステップ③:セキュリティと運用ルールの見直し
オンプレミス回帰では、セキュリティ対策を自社で管理する責任が生じます。
見直すべきセキュリティ対策として、以下が挙げられます。
- アクセス管理(ユーザーアカウントの管理、パスワードポリシー、退職者の対応)
- データ保護(バックアップ、暗号化、ログ管理)
- 物理的なセキュリティ(サーバー室の管理、災害対策、機器の廃棄)
- ネットワークセキュリティ(ファイアウォール、侵入検知・防御、セキュリティパッチ)
技術的な対策だけでなく、社内のルール作りと従業員への教育も重要です。情報セキュリティポリシー、アクセス権限管理規定、インシデント対応手順を策定し、新入社員研修、定期的な啓発、ルールの周知を行います。
これからのインフラ戦略:適材適所の時代へ
「クラウドファースト」から「適材適所」へ
2010年代、多くの企業が「クラウドファースト」を掲げました。しかし、クラウド利用が当たり前になった今、改めて「本当にクラウドが最適か?」を問い直す動きが出ています。
今求められているのは、「クラウドかオンプレミスか」という二者択一ではなく、それぞれの特性を理解し、業務ごとに最適なインフラを選ぶという柔軟な姿勢です。
業務の多様性、技術の成熟、コスト最適化、リスク分散の観点から、「適材適所」のインフラ戦略が重要になっています。
業務ごとに最適なインフラを選ぶ
具体的な使い分けの考え方として、以下が挙げられます。
- 基幹業務システム:オンプレミスまたはプライベートクラウド
- 顧客管理:ハイブリッド
- ファイル共有・グループウェア:クラウド
- Webサイト・ECサイト:クラウド
- 開発・テスト環境:クラウド
- バックアップ・災害対策:クラウド
- 大容量データの保管:オンプレミス
選択の際のチェックポイントは、データの機密性、アクセス頻度と場所、データ量と転送量、変動性、カスタマイズの必要性です。
このように、「すべてクラウド」でも「すべてオンプレミス」でもなく、業務ごとに最適な選択をすることで、コスト、セキュリティ、利便性のバランスが取れたインフラを実現できます。
中小企業こそ柔軟な選択が重要
大企業と比べて、中小企業には**「小回りの良さ」「意思決定の速さ」**という大きな強みがあります。
中小企業がインフラ戦略で失敗しないためには、「大企業の真似」をしない、「最新技術」に飛びつかない、「完璧」を求めすぎない、「変化を恐れない」ことが大切です。
中小企業にとって、インフラは**「ビジネスを支える道具」です。道具は、使う人や目的に合わせて選ぶべきであり、「自社にちょうどいい」インフラを見つけること**が、最も重要です。
まとめ:自社に「ちょうどいい」インフラを見つけるために
オンプレミス回帰は手段であり、目的ではない
オンプレミス回帰は、コスト適正化、セキュリティ強化、業務に合ったシステム構築、長期的な安定運用、自社でコントロールできる環境といった目的を達成するための選択肢の一つに過ぎません。
大切にすべきは、「自社の業務には、どんなインフラが合っているだろう?」「今抱えている課題を、どうすれば解決できるだろう?」「3年後、5年後を見据えて、どんな投資が必要だろう?」という視点です。
インフラの選択は、「正解」が一つではありません。自社の業務、規模、予算、体制、将来の計画に応じて、最適な答えは変わります。
迷ったときは専門家に相談する
「どのインフラを選べばいいか分からない」「何から手を付ければいいか分からない」——そんな不安を抱えたまま、無理に進める必要はありません。専門家に相談することも、立派な選択肢です。
良い相談相手の見極め方は、押し付けがましくない、わかりやすい説明、実績がある、継続的な関係、柔軟な提案です。
Harmonic Societyの支援
私たちHarmonic Societyは、「テクノロジーが人を置き去りにしない社会をつくりたい」という想いから、中小企業に寄り添った”ちょうどいい”デジタル化を支援しています。
千葉県を中心に地域の中小企業のDX推進、業務システム開発、インフラ構築を支援してきた実績があります。一度システムを作って終わりではなく、導入後の運用、改善、トラブル対応まで継続的にサポートします。
最新のAI技術を活用することで、従来の開発費の1/3〜1/2程度、開発期間も1/10に短縮することが可能です。御社の業務に必要な機能だけを抽出し、最小構成でシステムを開発します。
インフラ戦略の相談、オンプレミス回帰の支援、業務システムの開発、運用サポートなど、お気軽にご相談ください。自社に「ちょうどいい」インフラを、一緒に見つけていきましょう。
