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「仕様書がないから、担当者に聞かないと分からない」「前任者が辞めてから、システムの詳細が誰も把握できていない」──そんな課題を抱えていませんか?
中小企業の開発現場では、Excel管理や口頭伝達に頼った開発が当たり前になり、情報が散在してしまうケースが少なくありません。結果として、担当者の異動や退職によって開発が停滞したり、「言った・言わない」のトラブルが頻発したりと、属人化による問題が深刻化しています。
そこで近年注目されているのが、**SDD(仕様駆動開発)**という開発手法です。コードを書く前に「仕様」をしっかり定義することで、チーム全体で認識を共有し、属人化を防ぐことができます。
この記事では、SDD(仕様駆動開発)の基本的な定義から具体的なやり方まで、初心者の方にも分かりやすく解説します。
SDD(仕様駆動開発)とは?基本を理解しよう
SDD(Specification Driven Development)は、直訳すると「仕様駆動開発」です。その名の通り、「仕様書」を開発の起点とし、すべての実装判断を仕様に基づいて行うという考え方が根幹にあります。
従来の開発では、実装を進めながら仕様を固めていくケースも多くありましたが、SDDでは実装前に仕様を明確に定義し、それを基準として開発を進めることを重視します。
仕様駆動開発の基本フロー
具体的には、以下のような流れで開発を進めます。
- 仕様書を作成する:システムの要件や機能、動作を文書化
- 仕様書をレビューする:関係者全員で内容を確認し、認識を統一
- 仕様書に基づいて実装する:仕様書を設計・実装の基準とする
- 仕様と実装の整合性を確認する:テストや検証で齟齬がないかチェック
この流れにより、「何を作るか」が明確になった状態で実装に入るため、手戻りや認識のズレが起きにくくなります。また、仕様書が残ることで、後から参加したメンバーや引き継ぎ時にも、システムの全体像を把握しやすくなります。
従来の開発手法との関係性
SDDは、アジャイル開発やウォーターフォール開発といった従来の手法と対立するものではなく、どちらの手法とも組み合わせて活用できる考え方です。
ウォーターフォール開発では設計書や要件定義書は作成されますが、実装段階で仕様が曖昧なまま進むケースもあります。一方、SDDでは仕様書を常に参照し、実装と仕様の整合性を確認し続けることが特徴です。
アジャイル開発と組み合わせる場合、各スプリント(開発サイクル)の前に仕様を定義し、そのサイクル内では仕様に基づいて実装を進めるという形になります。仕様書があることで、「何を作るか」が明確になり、チーム全体での認識共有がスムーズになります。
なぜ今SDDが注目されているのか
近年、SDDが注目される背景には、開発現場が抱える以下のような課題があります。
リモートワークによる情報共有の難しさ
対面でのコミュニケーションが減り、文書化された情報の重要性が高まっています。仕様書があれば、場所や時間を問わず、誰でも必要な情報にアクセスできます。
人材の流動化と属人化リスク
担当者の入れ替わりが頻繁に起こる現代では、一人が辞めると開発が止まってしまうというリスクが深刻です。SDDによって仕様書を残すことで、引き継ぎがスムーズになり、属人化を防げます。
AIツールの進化
GitHub CopilotやClaude、ChatGPTといったAIツールが開発現場に浸透していますが、「何を作るか」が曖昧なままでは、AIを活用しても手戻りが発生します。仕様書を先に用意することで、AIに対しても明確な指示を出せるようになります。
開発ツールの進化
GitHubが提供する「Spec Kit」や、Claude Code Cursorと連携する「cc-sdd」など、仕様駆動開発を支援するツールが登場しています。これらのツールにより、仕様書の作成や管理が以前よりも簡単になり、SDDの実践ハードルが下がっています。
仕様駆動開発が解決する現場の課題
SDDは、単なる開発手法の一つではなく、中小企業の開発現場が抱える具体的な課題を解決するための実践的なアプローチです。
認識のズレとトラブルを防ぐ
開発プロジェクトで最もよく起こるトラブルの一つが、「言った・言わない」問題です。口頭での打ち合わせやメール、チャットでのやり取りだけに頼っていると、誰が何を決めたのか分からなくなることも少なくありません。
SDDでは、仕様書にすべての合意事項を記録します。機能の有無、動作の詳細、画面の仕様など、開発に関わる情報を文書化することで、「書いてあること」が唯一の真実となります。
仕様書があることで、以下のようなメリットが生まれます。
- 認識のズレが起きにくい(文字として残るため、後から確認できる)
- 責任の所在が明確になる(誰がいつ何を承認したかが記録される)
- 変更履歴が追える(仕様変更があった場合も、経緯を辿れる)
属人化を解消し、引き継ぎを円滑にする
中小企業の開発現場では、**一人の担当者にシステムの知識が集中してしまう「属人化」**が大きな課題です。「このシステムのことは○○さんしか分からない」という状態になると、その担当者が休んだり、異動・退職したりした際に、開発が完全にストップしてしまいます。
SDDでは、仕様書が「システムの説明書」として機能します。新しく参加したメンバーは、まず仕様書を読むことで、システムの全体像や各機能の目的を理解できます。
具体的には、以下のような情報が仕様書に記載されます。
- 機能の目的と背景:なぜその機能が必要なのか
- 動作の詳細:どのような入力に対して、どう動作するのか
- 制約条件:どのような制限があるのか
- 関連する他の機能:どの機能と連携しているのか
こうした情報があることで、担当者が変わっても、仕様書を基準に開発を継続できるようになります。また、新人教育においても仕様書が最高の教材となり、自己学習が可能になります。
情報の散在を解消する
多くの中小企業では、要件や仕様がExcel、メール、チャット、議事録など、さまざまな場所に散在している状態になっています。情報が散在していると、必要な情報を探すのに時間がかかり、最新の情報がどれか分からず、情報の抜け漏れが発生します。
SDDでは、仕様書を一元管理します。すべての仕様情報を一つのドキュメント(またはツール)に集約することで、誰でも必要な情報にすぐアクセスできるようになります。
近年では、GitHubのSpec KitやNotion、Confluenceといったツールを使うことで、仕様書をオンラインで管理し、バージョン管理や検索も簡単に行えます。
SDD(仕様駆動開発)の具体的な進め方
ここからは、SDDを実際にどのように進めるのか、具体的なステップとやり方を解説します。
ステップ1:仕様書を作成する
SDDの第一歩は、仕様書を作成することです。仕様書には、システムの要件や機能、動作を明確に記述します。
仕様書に書くべき内容
- 機能の概要:何のための機能か、目的は何か
- ユーザーストーリー:誰が、どのような場面で、何をするのか
- 入力と出力:どんなデータを受け取り、何を返すのか
- 動作の詳細:具体的な処理の流れ
- 制約条件:エラー処理、制限事項、前提条件
- 画面仕様(UI):画面のレイアウト、ボタンの配置、遷移など
- データ仕様:データベースの構造、項目、型など
段階的に詳細化する
仕様書は、いきなり詳細を書くのではなく、段階的に詳しくしていくのがポイントです。
- 要件定義:何を実現したいのか、大まかな方向性を決める
- 機能仕様:どんな機能が必要か、機能ごとに整理する
- 詳細仕様:各機能の動作を具体的に記述する
例えば、「顧客管理システム」を作る場合、以下のように進めます。
- 要件定義:顧客情報を一元管理し、検索や編集ができるようにする
- 機能仕様:顧客登録、顧客一覧表示、顧客検索、顧客編集、顧客削除
- 詳細仕様:「顧客登録」機能では、氏名・電話番号・メールアドレスを入力し、登録ボタンを押すとデータベースに保存される。メールアドレスは形式チェックを行い、不正な場合はエラーメッセージを表示する。
仕様書のフォーマット
仕様書の形式に決まりはありませんが、以下のような構成が一般的です。
- Markdown形式:シンプルで読みやすく、GitHubなどで管理しやすい
- Excelやスプレッドシート:表形式で整理したい場合に便利
- 専用ツール:Spec Kit、Notion、Confluenceなど
重要なのは、チーム全員がアクセスしやすく、更新しやすい形式を選ぶことです。
ステップ2:仕様書をもとに設計・実装を進める
仕様書が完成したら、それを基準に設計と実装を進めます。
設計フェーズ
仕様書をもとに、以下のような設計を行います。
- システム設計:全体のアーキテクチャ、モジュール構成
- データベース設計:テーブル構造、リレーション
- 画面設計:ワイヤーフレーム、UIデザイン
- API設計:エンドポイント、リクエスト・レスポンス形式
設計段階でも、仕様書を常に参照し、仕様と設計が一致しているか確認します。
実装フェーズ
実装では、仕様書に記載された動作を忠実に再現します。
- 仕様書を見ながらコードを書く
- 仕様にない機能は追加しない(勝手な判断で機能を増やさない)
- 疑問点があれば仕様書を更新(仕様が曖昧な場合は、チームで議論して仕様書を修正)
特に重要なのは、「仕様書に書いてあることが正しい」という共通認識を持つことです。
AIツールとの連携
近年では、GitHub CopilotやClaude、ChatGPTといったAIツールを使って、仕様書からコードを生成することも可能です。仕様書をAIに渡すことで、コードの骨組みを自動生成できます。仕様書が明確であればあるほど、AIを効果的に活用できます。
ステップ3:仕様書と実装の整合性を確認する
実装が完了したら、仕様書と実装が一致しているかを確認します。これがSDDにおける最も重要なステップです。
テストフェーズ
仕様書に記載された動作を一つずつ確認します。
- 単体テスト:各機能が仕様通りに動作するか
- 結合テスト:複数の機能を組み合わせたときに仕様通りか
- 受け入れテスト:顧客や関係者が仕様を満たしているか確認
テストの際には、仕様書をチェックリストとして使うことで、漏れなく確認できます。
仕様書の更新
実装やテストの過程で、仕様に変更が必要になることもあります。その場合は、必ず仕様書を更新します。
- 変更内容を記録(いつ、誰が、なぜ変更したのか)
- 関係者に共有(変更があったことをチーム全体に伝える)
- バージョン管理(変更履歴を残す)
仕様書を常に最新の状態に保つことで、「仕様書が実態と合っていない」という事態を防ぎます。
実践で使えるツールの紹介
SDDを実践する上で、ツールの活用は非常に有効です。
Spec Kit(GitHub製)
GitHubが提供する仕様駆動開発支援ツールです。Markdown形式で仕様書を作成し、GitHubリポジトリで管理できます。GitHubを使った開発をしているチームに向いています。
cc-sdd(Claude Code Cursor連携)
Claude Code CursorというAI開発環境と連携し、仕様書からコードを生成できるツールです。AI開発ツールを活用したいチームに適しています。
Notion、Confluence
汎用的なドキュメント管理ツールですが、仕様書の作成・管理にも適しています。チーム全体で共有しやすく、検索機能が充実しています。
Excelやスプレッドシート
シンプルですが、表形式で仕様を整理するには十分です。誰でも使え、導入コストがゼロです。
ツール選びのポイント
- チームの規模:小規模ならExcelやNotion、大規模ならSpec Kitなど
- 既存の開発環境:GitHubを使っているならSpec Kit、AI活用ならcc-sdd
- 導入コスト:無料で始められるものから試す
重要なのは、ツールにこだわりすぎず、まずは仕様書を書き始めることです。
SDDのメリットとデメリット
SDDには多くのメリットがありますが、同時にデメリットや注意点も存在します。
メリット
開発の透明性が高まる
仕様書があることで、何を作るのかが明確になり、チーム全員が同じゴールを目指せます。進捗が把握しやすく、問題の早期発見も可能です。特に、リモートワークや複数拠点での開発においては、文書化された情報があることで、場所や時間を問わず認識を共有できます。
後から参加するメンバーもキャッチアップしやすい
新しいメンバーがプロジェクトに参加したとき、仕様書が最高のオンボーディング資料になります。システムの全体像、各機能の目的、実装の詳細を短時間で把握でき、新メンバーが戦力になるまでの時間が大幅に短縮されます。
デメリット
仕様書作成に時間がかかる
特に小規模なプロジェクトやスピード重視の開発では、仕様書を作る時間が負担になることがあります。ただし、必要最小限の仕様書から始める、テンプレートを用意する、AIツールを活用するなど、工夫次第で軽減できます。
仕様変更への対応が必要
仕様が頻繁に変わる場合、その都度仕様書を更新する手間が発生します。しかし、「変更しやすい仕様書」を作ることで、この課題は解決できます。完璧な仕様書を目指すのではなく、必要最小限の情報を素早く更新できる形式にすることがポイントです。
SDDはどんな企業・プロジェクトに向いている?
SDDは万能ではありません。導入すべき企業と、そうでない企業があります。
向いている企業・プロジェクト
複数人でのチーム開発を行っている企業
チーム開発では、メンバーごとに仕様の理解が異なったり、機能の重複や漏れが発生したりしがちです。SDDは仕様書という共通言語で、こうした課題を解決します。特にリモートワーク環境や外部協力会社との連携が必要な場合に効果を発揮します。
業務が属人化しており、引き継ぎに課題がある現場
「このシステムは○○さんしか分からない」という状況に心当たりはありませんか?SDDを導入すれば、**仕様書が「業務の設計図」**として機能し、新メンバーのキャッチアップが早く、引き継ぎがスムーズになります。
SaaSが合わず、自社専用の仕組みを作りたい企業
既存のSaaSでは機能が足りない、または業務フローが特殊で汎用ツールでは対応できない場合、SDDを活用すれば、必要な機能だけを持った「ちょうどいい」システムを構築できます。
向いていないケース
一人で完結する超小規模プロジェクト
開発者が一人だけで、機能が単純で、プロジェクト期間が数日程度の場合、仕様書を作る時間が勿体ないかもしれません。ただし、将来的に他の人に引き継ぐ可能性がある場合は、簡易的でも仕様書を残しておくことをおすすめします。
とにかくスピード重視で試作したい場合
アイデアを素早く形にして市場の反応を見たい、プロトタイプやMVP(最小限の製品)を作る段階では、詳細な仕様書を作るよりも、まず動くものを作ることを優先すべきです。ただし、本格開発に移行する際には、SDDを導入することで、品質の高いシステムを構築できます。
SDDを現場に定着させるためのポイント
SDDの概念を理解しても、実際に現場で定着させるのは簡単ではありません。ここでは、実践的な定着のコツをご紹介します。
小さく始める
SDDを導入する際、最もよくある失敗は**「完璧な仕様書を作ろうとして挫折する」**ことです。最初から100点を目指す必要はありません。まずは最小限の項目だけを記載した簡易仕様書を作り、実際に使ってみて、必要な項目を追加していきます。
数回のプロジェクトを経て、「このプロジェクトではこの項目が必要」というパターンが見えてきたら、それをテンプレート化します。重要なのは、最初から完璧を目指さず、段階的に改善していくことです。
テンプレートを用意する
毎回ゼロから仕様書を作るのは大変です。テンプレートを用意することで、作成時間を大幅に短縮できます。
基本的なテンプレートには、機能名、目的、対象ユーザー、画面イメージ、入力項目、動作、エラー処理、備考などの項目を含めます。ExcelやGoogleスプレッドシート、Notionなど、チーム全員がアクセスできる場所に保存しておきます。
「仕様ファースト」の意識を共有する
SDDを定着させる上で最も重要なのは、チーム全体で「仕様ファースト」の文化を作ることです。
「仕様ファースト」とは、以下のような考え方です。
- コードを書く前に、仕様を確認する
- 仕様にない機能は、勝手に作らない
- 仕様が曖昧な場合は、まず仕様を明確にする
この意識を共有するために、キックオフミーティングで仕様を全員で確認する、仕様変更は必ず文書化する、レビュー時に仕様書を参照する、定期的に振り返りを行うといった取り組みが効果的です。
外部の専門家に相談する
「SDDを導入したいけれど、何から始めれば良いか分からない」という場合、外部の専門家に相談するのも有効な選択肢です。
経験豊富な視点でアドバイスがもらえ、テンプレートやツールを提供してもらえ、チーム全体への教育・研修が受けられます。また、導入して終わりではなく、実際に現場で使えるようになるまで継続的にサポートしてもらえます。
例えば、Harmonic Societyでは、中小企業向けにAI活用サポートやWebシステム開発、伴走型支援を提供しています。「自社だけで進めるのは不安」「効率的に導入したい」という場合は、専門家の力を借りることも検討してみてください。
まとめ:SDDで「ちょうどいい開発の仕組み」を作ろう
SDDの本質は、**「仕様書を中心に開発を進める」**ことです。これにより、属人化の解消、情報の一元化、品質の向上、引き継ぎの効率化が実現できます。特に、複数人でのチーム開発や業務が属人化している現場では、大きな効果を発揮します。
重要なのは、自社の規模や状況に合わせて、柔軟にカスタマイズすることです。いきなり完璧を目指さず、小さく始めて段階的に改善していくことが、定着への近道です。
「まずは1つのプロジェクトで試してみる」「最初は簡易版の仕様書から始める」──こうした小さな一歩が、やがてチーム全体の開発品質を大きく向上させます。
SDDは、テクノロジーが人を置き去りにしない開発手法です。仕様書という「共通言語」を持つことで、チーム全員が同じ方向を向き、純粋に開発に夢中になれる環境を作れます。
あなたの会社にとっての「ちょうどいい開発の仕組み」を、SDDで実現してみませんか?まずは小さな一歩から、一緒に調和ある開発環境を作っていきましょう。
