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マイクロサービスとは?基本から理解する
「システムをもっと柔軟に改善したい」「新機能を素早く追加したい」──そんな課題を抱えていませんか?
近年、多くの企業が注目する「マイクロサービス」という技術トレンド。AmazonやNetflixといった大企業だけでなく、中小企業でも導入を検討するケースが増えています。しかし、「専門用語が多くて難しそう」「自社に本当に必要なのか判断できない」と感じている経営者の方も多いのではないでしょうか。
この記事では、マイクロサービスの基本から、従来型システムとの違い、そして自社に合った選び方まで、専門知識がない方でも理解できるよう丁寧に解説します。
マイクロサービスの定義と仕組み
マイクロサービスとは、一つの大きなシステムを「小さな独立したサービスの集まり」として構築する方法です。
従来のシステム開発では、すべての機能を一つにまとめて作る方法が主流でした。これに対してマイクロサービスは、それぞれの機能を独立した小さなサービスに分割し、それらを組み合わせて一つのシステムを作り上げます。
例えば、ECサイトの場合、従来は「商品管理」「注文処理」「決済」「在庫管理」「会員管理」などすべての機能が一つのシステムに詰め込まれていました。マイクロサービスでは、これらを独立したサービスとして分離します。
- 商品サービス: 商品情報の管理だけを担当
- 注文サービス: 注文処理だけを担当
- 決済サービス: 決済処理だけを担当
- 在庫サービス: 在庫管理だけを担当
- 会員サービス: 会員情報の管理だけを担当
これらの小さなサービスが連携して動くことで、一つの完全なECサイトが機能します。それぞれのサービスは独立しているため、一つを改修しても他のサービスに影響を与えにくいという特徴があります。
レストランで例えると、従来型は一人のシェフがすべての料理を作るようなもの。マイクロサービスは、前菜専門、メイン専門、デザート専門と、それぞれが自分の専門分野に集中し、連携して一つのコース料理を提供する厨房のようなものです。
なぜ今注目されているのか
マイクロサービスが注目される背景には、ビジネス環境の変化があります。市場の変化スピードが加速している現代では、システムも素早く変更できることが競争力につながります。
主な理由は以下の通りです。
- 変化への対応力: 市場ニーズに合わせて特定の機能だけを素早く改善できる
- 開発の効率化: 複数のチームが異なるサービスを同時並行で開発できる
- 障害の局所化: 一部のサービスに問題が起きても全体が止まらない
- 技術の選択肢: サービスごとに最適な技術を選べる柔軟性
特にコロナ禍を経て、多くの企業がデジタル化を加速させました。オンラインサービスの需要が急増する中で、「素早く機能を追加したい」「安定して運用したい」というニーズが高まっています。
また、Amazon Web Services(AWS)やMicrosoft Azureなどのクラウドサービスの普及も大きな要因です。クラウド環境では、小さなサービスを独立して運用しやすい仕組みが整っており、マイクロサービスとの相性が良いのです。
マイクロサービスアーキテクチャの構造
マイクロサービスを理解する上で重要なのが「アーキテクチャ」、つまりシステム全体の設計思想や構造です。
主要な構成要素
マイクロサービスアーキテクチャは、以下の要素から成り立っています。
1. 個別のサービス(マイクロサービス本体)
システム全体を構成する小さな独立したサービスです。それぞれが特定の業務機能を担当し、独自のデータベースを持つことが多く、独立して開発・公開できます。
2. API(サービス間の通信窓口)
各サービスが他のサービスとやり取りするための「窓口」です。サービス同士が会話するための共通言語のようなものです。
3. APIゲートウェイ(入口の管理)
外部からのアクセスを受け付け、適切なサービスに振り分ける「受付係」の役割を果たします。ユーザーは複数のサービスを意識せず、一つの窓口を通してシステム全体にアクセスできます。
4. 監視・ログ管理
複数のサービスが正常に動いているか、問題が起きていないかを監視します。異常を早期に発見し、対処するために不可欠です。
サービスの独立性を実現する仕組み
マイクロサービスの最大の特徴は、各サービスが独立して動作することです。
疎結合の原則
各サービスが他のサービスに過度に依存しない状態を指します。各サービスが明確な境界を持ち、決められた方法(API)でのみ通信します。これにより、サービスAの内部を変更しても、APIの仕様さえ変わらなければ、サービスBには影響しません。
独立したデプロイ(公開)
各サービスは個別に更新・公開できます。商品サービスに新機能を追加したいとき、そのサービスだけを更新すれば良く、決済サービスや会員サービスを止める必要はありません。
技術スタックの自由
各サービスは、それぞれに最適な技術を選択できます。商品サービスは高速な検索が必要なのでNode.jsを使用し、決済サービスは安全性重視でJavaを使用するなど、サービスごとに異なる技術を採用できます。
API連携の実際
ECサイトで商品を購入する場合を例に見てみましょう。
- ユーザーが「購入」ボタンをクリック
- 注文サービスが起動し、必要な情報を各サービスに問い合わせる
- 在庫サービスのAPIを呼び出し、在庫を確認
- 会員サービスのAPIを呼び出し、配送先情報を取得
- 決済サービスのAPIを呼び出し、決済処理を実行
- 注文サービスがすべての情報をまとめ、注文を確定
このように、複数のサービスがAPIを通じて連携することで、一つの業務処理が完了します。
従来型(モノリシック)との比較
マイクロサービスの特徴をより深く理解するには、従来型のシステムと比較することが効果的です。
モノリシックアーキテクチャとは
モノリシック(Monolithic)とは、「一枚岩」という意味です。システム全体が一つの大きなまとまりとして構築される従来型の設計手法を指します。
モノリシックの特徴:
- すべての機能が一つのコードベースに含まれる
- 一つのデータベースを共有する
- デプロイは常にシステム全体を対象とする
- 開発チームは同じコードベースで作業する
モノリシックアーキテクチャは決して「古い」「悪い」設計ではありません。小規模なシステム、スタートアップ初期、変更頻度が低い場合など、むしろモノリシックの方が適切な状況も多くあります。
構造の違いと影響
| 観点 | モノリシック | マイクロサービス |
|---|---|---|
| 変更の影響範囲 | 小さな変更でも全体に影響の可能性 | 変更は該当サービスのみに限定 |
| デプロイ | 全体を一度に公開 | サービスごとに個別公開 |
| 障害の影響 | 一部の障害が全体停止につながる | 障害は該当サービスに限定 |
| 開発体制 | 全員が同じコードベースで作業 | チームごとに異なるサービスを担当 |
| 技術選択 | 全体で統一された技術スタック | サービスごとに最適な技術を選択可能 |
メリット・デメリット比較
モノリシックアーキテクチャ
メリット:
- シンプルな構造で全体を把握しやすい
- 開発初期が速く、複雑な設計不要
- デプロイが簡単で、運用コストが低い
- データベースが一つで整合性を保ちやすい
デメリット:
- 変更の影響が広範囲で、全体テストが必要
- スケールが困難で、全体を増強する必要がある
- 規模が大きくなると保守が困難に
- 多人数での並行開発が難しい
マイクロサービスアーキテクチャ
メリット:
- サービスごとに素早く更新可能
- サービスごとに最適な技術を選択できる
- 一部の障害が全体に波及しない
- 必要なサービスだけを増強できる
- 複数チームが並行開発しやすい
デメリット:
- サービス分割の設計に時間が必要
- 複数のサービスを監視・管理する運用が複雑
- ネットワーク遅延やデータ整合性の課題
- サービス間の連携テストが複雑
- 初期コストが高い
マイクロサービスのデメリットと注意点
マイクロサービスには多くのメリットがある一方で、すべての企業にとって最適な選択肢とは限りません。導入を検討する際には、デメリットや注意点も正しく理解しておくことが重要です。
システム全体の複雑さが増す
マイクロサービスでは、一つのシステムが複数の小さなサービスに分割されます。この構造は柔軟性をもたらす一方で、システム全体の複雑さを大きく増加させます。
具体的には:
- サービス間の連携管理: どのサービスがどのサービスと連携しているかの把握が困難
- データの整合性: 複数のデータベースに分散したデータの一貫性を保つことが難しい
- トランザクション処理: 複数のサービスにまたがる処理を一つのトランザクションとして扱うことが複雑
- 障害の追跡: 問題が発生した際、どのサービスが原因かを特定するのに時間がかかる
モノリシックアーキテクチャであれば、一つのシステム内ですべてが完結するため、全体像の把握や問題の特定が比較的容易です。
運用・管理の難易度が上がる
マイクロサービスを導入すると、運用・管理の難易度が大幅に上がります。
運用面での課題
- 監視対象の増加: 従来は1つのアプリケーションを監視すればよかったものが、10個、20個のサービスを個別に監視する必要があります
- デプロイの複雑化: サービスごとにデプロイのタイミングや手順が異なる可能性があります
- 専門知識の必要性: コンテナ技術(Docker、Kubernetes)、APIゲートウェイ、ログ管理などの専門的な技術理解が求められます
中小企業にとって特に大きな課題となるのが、運用を担当できる人材の確保です。社内に技術者がいない場合、外部への委託コストが継続的に発生します。
初期コストと学習コストがかかる
マイクロサービスの導入には、モノリシックアーキテクチャと比較して初期段階でのコストが大きくかかります。
初期コストの内訳:
- 設計コスト: サービスの分割方法、API設計、データベース設計などに時間と専門知識が必要
- インフラコスト: コンテナ環境、オーケストレーションツール、監視ツールなどの整備が必要
- 開発コスト: サービス間の連携機能、認証・認可の仕組みなど、追加開発が必要
- 学習コスト: 開発チームが新しい技術やアーキテクチャを習得する時間が必要
マイクロサービスのメリットが実感できるようになるまでには、相応の時間と投資が必要です。初期構築に3〜6ヶ月以上かかることも珍しくありません。
小規模な事業には過剰になる可能性
マイクロサービスアーキテクチャは、一定以上の規模や複雑さがあるシステムで真価を発揮します。小規模な事業では、そのメリットよりもデメリットの方が大きくなる可能性があります。
小規模事業で過剰になる理由:
- 機能が5〜10個程度であれば、サービスに分割する必要性が低い
- ユーザー数が数百人〜数千人規模であれば、スケーラビリティの課題はほとんど発生しない
- 1〜3名程度のチームであれば、モノリシックでも十分に管理可能
- ビジネスモデルが確立していない初期段階では、大きな設計変更が発生しがち
関連する技術トレンド
マイクロサービスアーキテクチャは、さまざまな技術トレンドと密接に関連しています。
コンテナ技術(Docker)との相性
マイクロサービスアーキテクチャを語る上で欠かせないのが、コンテナ技術です。中でも「Docker(ドッカー)」は、最も広く使われているコンテナプラットフォームです。
コンテナとは、アプリケーションとその実行に必要なすべての要素を一つのパッケージにまとめたものです。従来の方法では、サーバーごとに環境設定が異なり、「開発環境では動くのに本番環境では動かない」といった問題が頻繁に発生していました。コンテナを使うことで、どの環境でも同じように動作することが保証されます。
マイクロサービスとコンテナの相性が良い理由:
- サービスごとに独立したコンテナを用意できる
- サービスごとに異なる技術スタックを使用可能
- デプロイが簡単で、サービス単位での更新が容易
- 必要なサービスのコンテナだけを増やせる
複数のコンテナを管理するために、Kubernetes(クーバネティス)というツールがよく使われますが、小規模なシステムでは過剰な場合が多く、Dockerだけで十分なケースもあります。
クラウドサービス(AWS、Azure等)での活用
マイクロサービスアーキテクチャは、クラウドサービスとの親和性が非常に高いです。主要なクラウドプラットフォームは、マイクロサービスの構築・運用を支援する多くのサービスを提供しています。
主要なクラウドプラットフォーム:
- AWS(Amazon Web Services): 最も多機能で市場シェアNo.1
- Microsoft Azure: 企業向けシステムとの統合に強い
- Google Cloud(GCP): AI/機械学習やデータ分析に強み
クラウド活用のメリット:
- 初期投資が不要で、使った分だけの支払い
- アクセス増加に応じて自動的にリソースを拡張
- インフラ管理の多くをクラウド事業者に任せられる
- データのバックアップや冗長化が標準装備
ただし、使い方を誤ると想定外のコストが発生することがあります。設計段階でコスト見積もりをしっかり行うことが重要です。
SaaSとマイクロサービスの違い
「マイクロサービス」と「SaaS」は、どちらもクラウド関連の用語としてよく耳にしますが、まったく異なる概念です。
**SaaS(Software as a Service)**とは、インターネット経由で利用できるソフトウェアサービスのことです。Gmail、Slack、freee、Salesforceなどが該当します。
| 観点 | マイクロサービス | SaaS |
|---|---|---|
| 何を指すか | システムの設計思想・アーキテクチャ | 提供形態・ビジネスモデル |
| 誰が使うか | 開発者・技術者 | エンドユーザー・企業 |
| 目的 | システムの柔軟性・保守性の向上 | すぐに使えるサービスの提供 |
| カスタマイズ性 | 自社の要件に合わせて開発 | 基本的に決まった機能を使う |
実は、多くのSaaSサービスは、内部的にマイクロサービスアーキテクチャで構築されています。ただし、利用者はその内部構造を意識することなく、一つのサービスとして利用しています。
自社に合ったシステムの選び方
最も重要なのは**「自社にとって本当に必要なシステムは何か」を見極めること**です。技術トレンドに振り回されず、自社の課題を解決し、事業成長を支えるシステムを選ぶためのポイントをお伝えします。
マイクロサービスが必要な企業、不要な企業
マイクロサービスが必要な企業の特徴
以下の条件に複数当てはまる場合は、マイクロサービスの導入を検討する価値があります。
- システム規模が大きい(ユーザー数が数万人以上、機能が20個以上)
- 複数チームで開発している(3チーム以上)
- 頻繁な機能追加・更新が必要(週次〜月次でリリース)
- 特定機能のスケールが必要(アクセスが集中する機能がある)
- 技術的多様性が必要(機能ごとに最適な技術を選びたい)
マイクロサービスが不要な企業の特徴
以下に当てはまる場合は、モノリシックアーキテクチャから始める方が賢明です。
- 事業・システムが初期段階(ビジネスモデルが確立していない)
- 開発リソースが限られる(開発チームが1〜2名程度)
- ユーザー数が少ない(数百人〜数千人規模)
- 安定稼働が最優先(頻繁な機能追加の予定がない)
- 予算・期間が限られる(初期投資を抑えたい)
判断に迷った場合は、まずモノリシックで始めることをお勧めします。システムが成長し、本当にマイクロサービスが必要になったタイミングで、段階的に移行することも可能です。
「自社にちょうどいい」システムの見つけ方
私たちHarmonic Societyが最も大切にしているのは、企業ごとに「ちょうどいい」システムを提供することです。
ステップ1: 現状の課題を具体的に洗い出す
まずは、今抱えている課題を具体的に書き出してみましょう。
よくある課題の例:
- 顧客情報がExcelやメモ帳に散在している
- 案件の進捗状況が見えず、対応漏れが発生する
- 見積書・請求書の作成に時間がかかる
- スタッフ間の情報共有が属人化している
ステップ2: 必要な機能を優先順位付けする
機能を3つのグループに分けましょう:
- 必須機能: これがないと業務が回らない
- あると便利: 効率は上がるが、なくても何とかなる
- 将来的に欲しい: 今すぐは不要だが、将来的には必要
最初は必須機能だけに絞り、シンプルに始めることが成功の秘訣です。
ステップ3: 既存サービスと独自開発を比較する
必要な機能が明確になったら、既存のSaaSで対応できるか確認します。標準的な業務であればSaaS活用、独自の業務フローであれば独自開発が適しています。
ステップ4: 小さく始めて、段階的に拡張する
最初から完璧なシステムを目指す必要はありません。
- 最小構成で始める(必須機能だけを実装)
- 実際に使ってみる(現場で使いながら改善点を見つける)
- フィードバックを反映(本当に必要な機能を追加)
- 段階的に拡張(事業成長に合わせてシステムも成長させる)
このアプローチなら、初期投資を抑えながら、自社に最適なシステムを育てていくことができます。
技術トレンドに振り回されないために
IT業界では、次々と新しい技術やトレンドが登場します。「マイクロサービス」「AI」「DX」「クラウド」……魅力的な言葉が飛び交い、「うちも導入しなければ」と焦りを感じる経営者の方も多いのではないでしょうか。
しかし、技術トレンドに振り回されることは、かえって事業にマイナスになることがあります。
技術トレンドに振り回される危険性:
- 「AIを導入すること」が目的になり、「何を解決したいのか」が曖昧になる
- 技術ありきで考え、自社の本質的な課題が見えなくなる
- 過剰なシステムに投資し、使いこなせずに終わる
本当に大切なのは、技術ではなく「課題解決」です。
まずは、自社が抱える課題を明確にすることから始めましょう。その課題を解決するために、たまたまマイクロサービスが最適だったなら採用すればいいのです。
高機能で最先端の技術を使ったシステムが、必ずしも良いシステムとは限りません。使いこなせない機能が多いシステムより、必要な機能だけがあるシステム。複雑な操作が必要なシステムより、直感的に使えるシステム。高額なシステムより、費用対効果の高いシステム。
自社の規模や課題に合った「ちょうどいい」システムこそが、最も価値があります。
私たちHarmonic Societyは、「テクノロジーが人を置き去りにしない社会をつくりたい」という想いから生まれました。常に変化の速いデジタル時代において、”会社ごとにちょうどいいデジタル化”を支える存在でありたいと考えています。
流行に流されず、自社の実情に合った選択をすることが、結果的に成功への近道となります。まずは業務の整理から始め、本当に必要なシステムは何かを見極めることが大切です。
